見えないものの姿を求めて
by nagasakitenrei
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聖体礼拝

カトリック教会では聖体のキリストをミサの間だけでなく、ミサの後も礼拝します。聖別されたパンはミサが終わってからもキリストの体であると信じているからです。
もともと、聖別された聖体を保存するのは、ミサに参加することのできない病人や高齢者、特に臨終の人に届けるためでした。それは、このパンが「いのちのパン」、キリストご自身だからです。やがて、保存された聖体のキリストに対する敬意から信心が生まれ、少しずつ盛んになっていきました。
キリストは「取って食べなさい」と命じられたのだから、保存して礼拝するのはキリストの意に反する、という考え方もあります。しかし、聖櫃を聖堂のふさわしい場所に安置することや聖体を顕示すること、聖体行列を行うことなど、典礼や礼拝の形は長い時間をかけて出来上がったものです、誰かの思いつきで生まれたものではありません。そこには信仰の感覚がはたらいています。キリストの現存を体験した感覚です。
キリスト自身が「わたしはいのちのパンである」と教え、ご自分のいのちによって人にいのちを与えることを明らかにされました。これはキリストの使命全体を意味するものです。静かな聖体礼拝の中で、キリストの使命が人に伝えられていきます。自分もキリストのように世のいのちのためのパンとなるよう招かれているということです。
聖体のパンの姿で、また聖体礼拝者というパンの姿を通して、キリストは世の終わりまでいつもともにおられるのです。
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by nagasakitenrei | 2007-06-07 14:02 | 典礼と秘跡
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