見えないものの姿を求めて
by nagasakitenrei
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カテゴリ:ご参考( 20 )

聖書による十字架の道行き

ローマでは聖金曜日に教皇自身が十字架の道行きを司式します。前教皇ヨハネ・パウロ2世は、聖書に記された出来事から道行きの黙想を選びました。「聖母に会う」、「ヴェロニカの布で顔を拭う」といった伝承に代わって、「ゲッセマネで祈る」、「ペトロに裏切られる」、「盗賊に天国を約束する」、などが黙想されます。
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(「十字架から降ろされたイエス」 フランス/ブルターニュ地方)


聖書による十字架の道行きは、たとえば次のように行うことができます。

1.初め 
司「神よ、わたしを力づけ、」
全「急いで助けに来てください。」
司「栄光は父と子と聖霊に。」
全「初めのように今もいつも代々に。アーメン。」

2.聖歌「キリストは人間の姿で」(典礼聖歌317番)

3.道行
「第一留 イエス、ゲッセマネの園で祈る」(以下同様)
聖書朗読(朗読台で)
黙想(沈黙または黙想を助ける音楽)
祈願(たとえば祈祷書の「十字架の道行き」から各留の後半を用いる)

以下、司式者は順に進む(移動に合わせて音楽を用いてもよい)。
第十四留の後、司式者は祭壇正面に立つ。一同で「十字架賛歌」を歌う。
第十五留を行う場合は賛歌の後、祭壇正面で行う。

4.主の祈り(歌唱)

5.結びの祈願(たとえば十字架称賛の祝日のもの)

6.十字架による祝福(沈黙のうちに行う)
(または通常の派遣の祝福)
(沈黙のうちに式を終わる。聖歌を歌うこともできる。)


***


十字架の道行の十五の黙想と参照箇所の例

1.イエス、ゲッセマネで祈る
(マタイ26・36〜46/マルコ14・32〜42/ルカ22・39〜46)
2.イエス、裏切られ、逮捕される
(マタイ26・47〜57/マルコ14・43〜53/ルカ22・47〜54/ヨハネ18・1〜14)
3.イエス、最高法院で裁判を受ける
(マタイ26・59〜66/マルコ14・55〜64/ルカ22・66〜71/ヨハネ18・19〜24)
4.イエス、ペトロに否まれる
(マタイ26・69〜74/マルコ14・66〜71/ルカ22・55〜60/ヨハネ18・15〜18、25〜27)
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(「わたしはあの人を知らない」 エルサレム/鶏鳴教会)


5.イエス、ピラトに裁かれる
(マタイ27・11〜26/マルコ15・1〜15/ルカ23・1〜25/ヨハネ18・28〜19・16)
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(「見よ、この男だ。」 ルルド/聖ピオ10世記念聖堂)


6.イエス、侮辱され、茨の冠を受ける
(マタイ27・27〜30/マルコ15・16〜19/ルカ22・63〜65/ヨハネ19・2〜3)
7.イエス、十字架を担う
(ヨハネ19・16〜17)
8.イエス、キレネのシモンに助けられる
(マタイ27・32/マルコ15・21/ルカ23・26)
9.イエス、女たちに語る
(ルカ23・27〜31)
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(「わたしのために泣くな。むしろ自分と自分の子供たちのために泣け」 ルルド/山上の十字架の道行き)


10.イエス、十字架につけられる
(マタイ27・33〜38/マルコ15・22〜30/ルカ23・33〜37/ヨハネ19・18)
11.イエス、盗賊に天国を約束する
(ルカ23・39〜43)
12.イエス、その母と愛する弟子
(ヨハネ19・25〜27)
13.イエス、十字架上で息を引き取る
(マタイ27・45〜50/マルコ15・33〜37/ルカ23・44〜46/ヨハネ19・28〜30)
14.イエス、墓に葬られる
(マタイ27・57〜61/マルコ15・42〜47/ルカ23・50〜54/ヨハネ19・38〜42)
15.イエス、復活する
(マタイ28・1〜7/マルコ16・1〜7/ルカ24・1〜7/ヨハネ20・1〜8)
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by nagasakitenrei | 2008-02-21 11:11 | ご参考

十字架の道行き

キリスト者は古くから主イエスの受難の道のりを辿り、十字架を礼拝してきました。また聖週間をエルサレムで過ごすことはキリスト者の強い憧れでした。4世紀、スペインの修道女エゲリアは聖地に巡礼し、当時のエルサレムの典礼を書き残しています。(「エゲリア巡礼記」)

十字軍の時代になると、聖地からヨーロッパに帰った人々は、エルサレムの記憶を残すために、また現地に行くことのできない多くのキリスト者のために、イエスの受難を思い出させる十字架や絵を飾るようになりました。

エルサレム巡礼者の信心業であるVia Dolorosa(悲しみの道)。ピラトの総督官邸跡からカルワリオまで歩きながらイエスの出来事を黙想する信心が、信者の日常生活の場に持ち込まれ、各地の聖堂の中や屋外に「十字架の道行き」が設けられることになります。

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(エルサレム旧市街のVia Dolorosa。「第四留 イエス、聖母に会う」)


道行きで黙想する「留」Statioの数は、時代と場所によって5〜30と様々だったようですが、18世紀に教皇クレメンス12世とベネディクト14世が現在の14留の形を定めます。14留の内容は聖書の記述と古い伝承から取られたものでした。近年はマリアとともに復活の希望を黙想する第15留を加えた形も広まっています。
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by nagasakitenrei | 2008-02-20 14:53 | ご参考

降誕祭のミサ

4世紀にコンスタンチヌス皇帝はキリスト降誕の舞台であるベツレヘムに降誕教会を建てます。この教会は現存する最古のキリスト教会と言われるものです 。そこでは1月5日から6日にかけての真夜中、巡礼者たちが集まりミサが行われていました。「エゲリア巡礼記」という書物にはその後エルサレムまで行列したと記されています。
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(ベツレヘム/降誕教会 イエス降誕の地と言われる場所を示す14角星。)


ローマの降誕祭は本来日中のミサだけでしたが、エルサレムの習慣が導入され、聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)にベツレヘムの洞窟を再現して深夜のミサが行われるようになりました 。
現在、降誕祭には深夜・早朝・日中の三つ(前晩を含めると四つ)のミサがあります 。降誕祭の八日間、信仰宣言では「おとめマリアから生まれ」のところで頭を下げます。
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by nagasakitenrei | 2007-12-12 11:25 | ご参考

降誕祭の歴史

古代キリスト教徒にとって唯一の祭日は週毎の復活祭、主日でした。キリストの復活こそが信仰の主題だったからです。やがて年毎の復活祭とそれに伴う祭日(聖霊降臨など)が記念されるようになっていきます。
降誕祭を12月25日に祝った最初の記録は「354年の年代記」に残っています。歴史的なキリスト降誕の日時は定かでないため、正義の太陽(マラキ3.20)としてのキリスト降誕祭を、冬至の祝祭であったローマ帝国の太陽神の祭日に記念するようになったと考えられています。これが西方教会の降誕祭です。
一方、東方教会は、同じ主題を1月6日に祝っていました。これも、エジプトの冬至の祝祭であった宗教的な祝日が1月6日だったことと関連があると考えられています (※1)。東方教会では、この日が主の降誕、洗礼、カナの婚宴などを含む「顕現」の祝いでした。
やがて東西教会の交流が進み、12月25日と1月6日はいずれも「主の受肉の記念祭」となりました。祝日が2つあるため、西方教会では前者を主の降誕祭、後者を公現祭(東方の賢者の訪問)と区別します。東方教会では12月25日に降誕祭と賢者の訪問を、1月6日に主の洗礼やカナの婚宴などを記念するようです。
降誕祭を準備する待降節は、東方教会やその影響を受けたガリア典礼にあった断食の習慣が発展したものと考えられています。現在の典礼理解では、待降節はキリスト到来までの救いの歴史を想起し、同時に将来の栄光に満ちたキリストの再臨を待ち望む季節です(※2) 。


※1.日付の違いは閏年の計算法が違うために生じたと考えられている。
※2.「待降節は二重の特質を持つ。それはまず、神の子の第一の来臨を追憶する降誕の祭典のための準備期間であり、また同時に、その追憶を通して、終末におけるキリストの第二の来臨の待望へと心を向ける期間でもある。この二つの理由から、待降節は愛と喜びに包まれた待望の時であることが明らかになってくる。」(典礼暦年の一般原則39)
 復活祭と同じく降誕祭は8日間続く。なお降誕節は公現祭の週で終わる。
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by nagasakitenrei | 2007-12-11 11:27 | ご参考

クリスマス飾りの意味

【リース】
古くからやどり木には不思議な力があると考えられていました。やどり木の下の出会いは敵同士の和解や結婚の約束をもたらすものでした。降誕祭の季節に飾るリースは、この風習がキリスト教の文脈で取り入れられたものと考えられます。常緑樹で環を作って扉や門に掛け、そこで出会う者の平和の絆を願うものです。


【待降節の環】(アドベント・リース/アドベント・クランツ)
「常緑樹で作った環に4本のロウソクを立てる「待降節の環」は、特にゲルマン系の諸国と北アメリカの風習ですが、キリスト者の家庭で待降節のシンボルとなっています。
これは降誕祭に向けて主日毎に一本ずつロウソクを点していきながら、キリスト以前の救いの歴史の様々な段階を思い起こし、正義の太陽(マラキ3,20、ルカ1,78参照)が現れるときまで、待ち望む神の民の夜を歴史全体にわたって照らした諸々の預言の光を象徴するものです。」 (典礼秘跡省「民間信心と典礼に関する指針」98番)
4本のロウソクは伝統的に待降節の典礼色に合わせて装飾されます。第1・第2・第4主日は紫、第3主日はバラ色です。なおこのロウソクは信心業であり、典礼で用いられる祭壇のロウソクとは区別されます。


【馬小屋】
「当初より諸教会に見られるベツレヘムの飼い葉桶の再現に加えて、13世紀以降小さな馬小屋を家庭に飾る習慣が広まりました。これは1233年、Greccioでアシジの聖フランシスコが設けた馬小屋に倣うものです。この馬小屋の準備は、特に子供たちがかかわりますが、家族の各々に降誕祭の神秘を現存させるものです。時に彼らは祈りのひとときを持ち、あるいはイエスの降誕に関する聖書の一節を読んで、思いを巡らすのです。」 (「民間信心と典礼に関する指針」104番)
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(写真:イタリア/グレッチオ。世界中から贈られた馬小屋飾りのひとつ。)

イエスの誕生物語を記した福音書には馬小屋という言葉はありません。「飼い葉桶に寝かせた」(ルカ2.7)という記述と「牛は飼い主を知り/ろばは主人の飼い葉桶を知っている」(イザヤ1.3)という預言の言葉に着想を得たものです。また羊飼いはルカだけに、三つの贈り物を届けた賢者たちはマタイだけに登場します。


【ツリー】
 「…歴史的由来はさておき、クリスマス・ツリーは今日、力強いシンボルの一つとなってキリスト者の間に非常によく広まっています。それはエデンの園の中央に植えられていた木(創世記2.9)と、それにキリスト論的な意味を与える十字架の木の両方を思い起こさせてくれます。キリストは人間の切り株であるおとめマリアから生まれたまことのいのちの木であり、常に青々として実を結ぶ木なのです。北欧の国々ではクリスマス・ツリーをリンゴとホスチアで飾ります。ツリーの下に贈り物が供えられることもありますが、これは貧しい人のための分も用意するべきです。贈り物はすべてのキリスト者家族のものだからです。…」 (「民間信心と典礼に関する指針」109番)


【生け花】
「典礼と生け花」は華道による典礼表現で、日本の生け花を典礼に取り入れたキリスト教国で始まったものです。典礼暦と聖書の黙想による主題を、色・数・形といった象徴によって生け花で表現します。たとえば待降節の主題は「光に向かって」、降誕祭の主題は「暗闇の中に光」あるいは「エッサイの切り株」などです。「光」は火をともしたロウソクを組み合わせる事で表現しています。
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by nagasakitenrei | 2007-12-09 07:43 | ご参考

降誕祭夜半のミサの工夫

 降誕祭は典礼暦年の二つの柱のひとつであり、神のみことばの受肉の神秘を祝います。そこで、ミサはできるだけ盛儀となるよう準備します。具体的な準備として、祭壇上のロウソクの数(※1) 、司祭の祭服(※2) 、朗読に用いる聖書(※3) 、祭器具、香 、花(※4) などに配慮します。

1.ミサの前の祭儀あるいはクリスマスの賛歌
ミサの前に聖歌や朗読を交えてクリスマスに関する祭儀を行うこともできます 。たとえば、①聖歌、②クリスマスに関する聖書物語あるいは民話の朗読、③お話、④自由なことばでの祈り、⑤結びの聖歌、という構成が考えられます。②の朗読に代えて聖劇を行うのも一案です。この場合は、劇だけが完結するのではなく、幕間の談笑や終わりの拍手・出演者紹介などを避けて、全体を祭儀として行うことが大切です。いずれも、祭儀の結びの聖歌がそのままミサの入祭の聖歌になるよう工夫すると全体が整います。
ミサの前に特に祭儀を行わない場合、賛美の祈りとしてクリスマスの賛歌を聖歌隊が歌うこともできます。これは歌の練習ではなく、ミサへ向けて始められる聖歌による賛美ですから、祈りとして構成を整えることが大切です。曲目はミサで用いるものとは別の聖歌を準備するほうがよいでしょう。この賛歌の間に、ゆるしの秘跡を行うこともできます。なお、賛歌とミサを続けて行う場合は、必要なお知らせなどは賛歌の前に済ませ、間に入らないように配慮します。

2.ミサの前に行う幼子イエスの御像の安置式
馬小屋は降誕祭の民間信心の代表的なものの一つです。飾る場所についての規定は特にありませんが、極端に小さいチャペルなどで他に場所がない場合を除き、祭壇の真下や真正面は避けます。馬小屋が信心であるのに対して、祭壇はそのものが典礼でキリストの現存を表すものだからです。f0136327_20353899.jpg
馬小屋が屋外など内陣以外の場所にある場合の御像の安置式はたとえば次のように行うことができます 。①聖歌と共に御子様の像を抱いた司式者と奉仕者が馬小屋に行列して向かう。②ひざまずいて御子様を安置し献香する 。適当であれば馬小屋の祝福を行う。③入祭の歌が始まり、祭壇に向かって行列する。
馬小屋が内陣の脇にある場合は次のように行います。①入祭の歌と共に司式者は御子様を抱いて奉仕者と共に入堂する。②祭壇に向かう前に馬小屋に御子様を安置する。③祭壇へ向かって行列する。
いずれの場合も、祭壇の表敬の前に安置式が行われる形になります。

3..栄光の賛歌(グロリア)
古代教会から伝わる栄光の賛歌は、もとは聖務日課の賛歌でした。やがて教皇の降誕祭夜半ミサのための賛歌として用いられるようになり、主日や祝日にも歌われる賛歌として広まっていきました。「天のいと高きところには神に栄光、地には善意の人に平和あれ。」とは、ルカ福音書が伝える、天使たちが羊飼いに現れて歌った賛歌のことばです。一般に司式司祭が初めを歌いますが、他の先唱者や聖歌隊が歌い始めることもできます 。そこで待降節の間控えていたこの賛歌を、天使たちの賛歌に合わせて聖堂の楽廊から子ども聖歌隊の先唱で歌い始める、といった工夫ができます。なお、このとき教会の鐘を鳴らす規定は特にありません。

4.信仰宣言
教会は降誕祭のミサ でニケア・コンスタンチノープル信条を唱えるとき、「聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました」の部分 でひざまずく(日本では手を合わせて深く礼をする)ように求めています 。同様に、使徒信条を唱えるときは「おとめマリアから生まれ」の部分で手を合わせて深く礼をします。この動作によって、この日、神が人となられた神秘を深い感謝と賛美の心をもって祝うことを表します。短い言葉ですが、合掌し、心を込めて頭を下げ、ゆっくりと唱えるようにします。

5.共同祈願
降誕祭は世界を救う方の誕生を祝う日です。そのため、共同祈願では特に世界のために心を配り、祈ります(地球全体を宇宙から眺めているかのような視点での祈りです)。ミサの参列者に外国の方々がおられるなら、その方々のことばで一つの祈りの意向をささげることで、世界のための祈りの眼に見えるしるしになるでしょう。

6.奉納
降誕祭の精神の一つは「連帯」です 。神が人になり、わたしたち人間との連帯を示されたからです。そこで降誕祭ミサの奉納では、わたしたちが連帯する方々のことを特別に思い出し、そのためのささげものを用意します。具体的には、衣食住や自由・尊厳を欠いている方々に提供するために、献金や生活用品をささげます。子どもたちにも、クリスマスを祝うことのできない世界の仲間のことを伝え、連帯の気持ちでささげものを用意するよう促すことは降誕祭の精神を祝う機会となります。

7.幼子イエスの表敬
降誕祭のミサの終わりに、幼子イエスを馬小屋に訪ねるよう案内してもよいでしょう。特にミサの前に安置式を行った場合は、帰途につくミサの参列者が馬小屋を訪れる最初の機会となります。家族やグループで、また個人的に表敬します。この間、聖歌隊や一同が聖歌を歌うこともできます 。(※5)

※1.『ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)』は「・・・すべての祭儀において少なくとも2本、あるいは4本もしくは6本、とりわけ主日のミサや守るべき祝日の場合、またはその教区の司教が司式する場合には7本、火をともしたろうそくを立てるものとする」(117番)と指示しています。なお、「待降節の環」の4本のロウソクは信心として点すものですから、ミサのロウソクとは区別します。
※2.「ミサ、およびミサと直接結びついている他の儀式の際の司式司祭の本来の服装は、他の注記がないかぎり、アルバとストラの上に着用するカズラ、すなわちプラネタである。」(同『総則』337番)。
※3.「典礼書、とりわけ朗読福音書と朗読聖書は神のことばを告げるために定められ、そのため特別の尊敬を受けるものであり、典礼行為において天上のものの真のしるしであり象徴であるよう、またそれゆえ品格、装飾、美しさによって特徴づけられるよう、特別な方法で配慮しなければならない。」(同『総則』349番)。
 「祭儀で用いられる朗読聖書は、神のことばの尊厳のゆえに、司牧的な他の補助資料、たとえば朗読の準備や個人的な黙想のために作られた信者用の印刷物などで代用することがあってはならない。」(『朗読聖書の緒言』37番)
※4. 降誕祭の喜びをはっきり表現するために、待降節には花を控え目にすることがふさわしいとされています。(『総則』305番参照)
※5.たとえばカトリック聖歌「来たれ友よ」「アデステ・フィデレス」、典礼聖歌「友よ聞こう」など。共に祈る場合は、たとえばロザリオの「喜びの神秘」の第三の黙想を一連唱える。長崎教区祈祷書「幼きイエズスを訪い奉るときの祈り」などを用いることもできます。
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by nagasakitenrei | 2007-11-29 11:25 | ご参考

聖書によるロザリオ

ロザリオは12世紀の終わり頃、聖母マリア信心の新しい形として生まれたと考えられています。13世紀のはじめからは、主にシトー会やドミニコ会の影響で広く一般に普及していきました。当初は聖母マリアへの祈りの決まった文言はなく、大天使ガブリエルの聖母へのあいさつとエリサベトのことばを合わせたものに、キリストの生涯の出来事を短いことばで付け加えるという形をとっていたようです 。「神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために・・・」という祈りの後半の言葉は16世紀になって付け加えられたものです。
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(「聖母からロザリオを受け取る聖ドミニコ」  ルルド/ロザリオ大聖堂)

前教皇ヨハネ・パウロ二世は使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』を著わし、ロザリオの信心が信者の霊性を養い、信仰生活の実りを上げるように励ましました。その中で教皇は「ロザリオを唱えることはマリアとともにキリストのみ顔を観想することにほかならない」と述べています 。これはマリアへの祈りの形を取りながらも、ロザリオの中心がキリストであるということを意味しています 。ルルドで行われるロザリオ行列でも先頭を行くのは大きな十字架です。

ロザリオをキリストの救いの出来事を黙想する祈りとするために、教皇はいくつかの具体的な提案をしています 。まず、黙想する神秘を目で見ること。これにはイコン や聖画、ステンドグラスを利用することができます。次に該当する聖書の箇所を朗読すること。そして朗読のあとしばらくの沈黙を置くこと、栄唱を歌うこと、などです。いずれも、マリアの目でイエスの出来事を見る、というロザリオの黙想を豊かにするための工夫です。

ロザリオの20の神秘の黙想にあたって、関連する聖書の箇所を朗読することで、大天使ガブリエルの「おめでとう、恵まれた方。主はあなたとともにおられる。」というマリアへの挨拶からイエスの生涯、救いの出来事が始まったことに気付きます。こうして、これまで伝統的に「この一連をささげて・・・を黙想し、」と唱えてきた玄義(神秘)の黙想がさらに深められていきます。


ロザリオの20の黙想と聖書朗読箇所の例

    喜びの神秘f0136327_13263362.jpg
第一の黙想 イエスの誕生が予告される。
(ルカ1・26‐38)
第二の黙想 マリア、エリサベトを訪ねる。
(ルカ1・39‐45)
第三の黙想 イエスの誕生
(マタイ1・18‐25、ルカ2・1‐7〔20〕)
第四の黙想 イエス、神殿で献げられる。
(ルカ2・22‐38)
第五の黙想 神殿での少年イエス
(ルカ2・41‐52)


光の神秘

第一の黙想 イエス、洗礼を受ける。
(マタイ3・13‐17、マルコ1・9‐11、ルカ3・21‐22)
第二の黙想 イエス、最初のしるしを行う。
(ヨハネ2・1‐11)
第三の黙想 イエス、神の国を告げる。
(マタイ4・12‐17、マルコ1・14‐15、マルコ1・35‐39、ルカ4・14‐15、ルカ4・16‐21、
ルカ4・42‐44)
第四の黙想 イエス、栄光の姿を現す。
(マタイ17・1‐8、マルコ9・2‐8、ルカ9・28‐36b)
第五の黙想 イエス、聖体を制定する。
(マタイ26・26‐28、マルコ14・22‐24、ルカ22・19‐20、ヨハネ6・53‐58、
Ⅰコリント11・23‐26)                           


苦しみの神秘

第一の黙想 イエス、ゲッセマネで祈る。
(マタイ26・36‐46、マルコ14・32‐42、ルカ22・39‐46)
第二の黙想 イエス、鞭打たれる。
(ヨハネ18・38b‐19・1)
第三の黙想 イエス、侮辱を受ける。
(マタイ27・27‐29、マルコ15・16‐20a、ヨハネ19・2‐5)
第四の黙想 イエス、十字架を担う。
(ヨハネ19・14‐27、イザヤ53・4‐7)
第五の黙想 イエス、息を引き取る。
(マタイ27・45‐50〔54〕、マルコ15・33‐37〔39〕、ルカ23・44‐46〔47〕、ヨハネ19・28‐30〔34〕)


栄光の神秘

第一の黙想 イエス、復活する。
(マタイ28・1‐10、マルコ16・1‐7、ルカ24・1‐12、ルカ24・13‐35、ルカ24・36‐48、
ヨハネ20・1‐8、ヨハネ20・11‐18、ヨハネ20・19‐21、ヨハネ20・24‐29、ヨハネ21・1‐14、
ヨハネ21・15‐19)
第二の黙想 イエス、天に昇る。
(マルコ16・15‐19、ルカ24・50‐51、使徒1・7‐11)
第三の黙想 聖霊が降る。
(ヨハネ20・22‐23、使徒2・1‐4)
第四の黙想 マリア、天に上げられる。
(ルカ1・46‐55、Ⅰコリント15・54‐57)
第五の黙想 マリア、イエスの栄光に与る。
(黙示録12・1‐6)
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by nagasakitenrei | 2007-09-25 13:27 | ご参考

生け花による典礼表現

前教皇ヨハネ・パウロ2世は、典礼憲章発布25周年の記念文書の中で「ほとんど全ての被造物は、典礼の中で創造主へのささげものとしての地位をもっており、祭儀の尊厳と美しさに貢献する」と教え、パン・ぶどう酒・香などとともに花を挙げています 。「生け花による典礼表現」は、花を通しての典礼奉仕を目指したもので、「祭儀の尊厳と美しさ」によりよく貢献するための試みです。
今から25年ほど前、日本の生け花がヨーロッパのキリスト教典礼と結ばれて「典礼と生け花」という運動が始まりました。色・形・数などに配慮し、聖書を黙想して祈りへ導く花を生けるこの運動は日本にも紹介され、勉強会も開かれています 。聖書の朗読と黙想からテーマを探し、形にします。
f0136327_1122313.jpg典礼奉仕としてどのように花を生ければよいのか、細かい規定はありません。ミサの総則では、祭壇に花を飾る節度と時期に触れているだけです(※1) 。典礼は、キリストの体である教会が神を称え、人間を神に近づける業です。ですから、典礼暦に配慮し聖書を黙想して、花そのものの持つ神を称える力、見る者を創造主に向かわせる力に信頼して生ける、と考えればよいのです。これが「生け花による典礼表現」です 。華道の伝統を持つ日本は大きな可能性を持っているといえるでしょう。
 どの花をどう生けるかが、他の花や器との関係で決まってくるように、典礼空間全体の中に生け花がどう位置づけられるか、祭壇・聖櫃・朗読台・復活のろうそく・聖母像など、花をささげる対象・場所・背景・高さ・色への配慮も大切になります。

(写真:ジャンヌ・エマール『花と典礼』より「結婚式」。二つの花器による作品)


(※1)「祭壇の装飾に関しては節度を守らねばならない。待降節には、この季節の特徴にふさわしい節度をもって、祭壇を花で飾ることができる。ただし、主の誕生の満ちあふれる喜びを先取りしないようにする。四旬節には、祭壇を花で飾ることは禁じられる。ただし、四旬節第4主日(レターレの主日)と祭日と祝日は例外である。花による装飾は常に節度を守らねばならない。そして、祭壇の上面に置くよりも、むしろ祭壇の周りに置くようにする。」ローマ・ミサ典礼書の総則(第3版・暫定訳)305番。
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by nagasakitenrei | 2007-08-25 11:17 | ご参考

聖堂の拡声装置について

f0136327_1034666.jpg教会の典礼は、みことばと秘跡のしるしから成り立っています。みことばを伝える行為は典礼に不可欠の要素です。ですから、みことばが伝わるように配慮するのは典礼に携わるすべての者の責任でもあります。
イエスは、しばしば湖に浮かぶ船の上から群集に話しかけました。その声はすり鉢の底のような地形に助けられて多くの人の耳に力強く届いたと考えられます。
初代教会から今日に至るまで、典礼の舞台となる建物には、会衆の耳にみことばがはっきりと届くようにさまざまの工夫がなされてきました(写真:テサロニケ市内ギリシア正教会聖堂の朗読台)。今日、拡声装置は同じ理由で典礼に不可欠のものです。

これに関するCNPL(フランス典礼司牧センター)の記事をご紹介しましょう。

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拡声装置に求められるのは「明瞭さ」です。メッセージは聴衆に届き、理解されなければなりません。この障害となるのが「反響」で、ほとんどすべての聖堂でみられるものです。

1.拡声装置の設置
拡声装置にはさまざまの形がありますが、言葉を確実に伝えるためには、コラムスピーカ(柱状のもの)が適しています。業者の中には、コラムスピーカを取り扱わないところもありますが、それは、このスピーカの設置が細かい技術を要し、また、あまり良く知られていないこともあって軽視されているからです。そのため、典礼の目的に合わない「最新式」スピーカが取り付けられるということもありえます。しかし、最新式の設備が必ずしも典礼のために最良のものであるとは限りません。

2. コラムスピーカの指向性
物理学者のオルソン氏によれば、縦型のコラムスピーカの基本的特徴は以下のようになります。

*音の広がりの上下はスピーカの高さ(長さ)に等しい。
*聴衆への指向性が非常に優れ、反響が大変少ない。
*スピーカからの距離に関係なく聴衆に聞き取りやすい。

音の広がりをピザのような形でイメージしてみると、
*スピーカの高さ(長さ)は1m〜1.5m (ピザの厚さ)
*音の広がりの左右の角度は60度〜100度 (ピザの大きさ・切った角度)

*聴衆にとってスピーカの設置高は、スピーカの下端が床から1m〜1.3mが最良。
*音の到達範囲はスピーカの高さ(長さ)の7倍。(例:1mのスピーカなら7m。)

3. 反響
反響すると聞き取りにくくなるのは、音の到達時間がばらばらだからです。そこで、床から3mの高さに複数設置された無指向性スピーカと1m〜1.3mに設置された一本のコラムスピーカ(指向性)では、聴衆の耳に届く音波の数だけを見ても後者のほうが聞きやすいことがわかります。

4. コラムスピーカの設置法
*聴衆に向けて設置します。音の到達距離は上述のように、スピーカの高さ(長さ)の7倍、到達範囲は60度〜100度になります。
*スピーカと聴衆の間が近い場合は、設置高を1m〜1.2m(スピーカの下端の床からの高さ)にします。
*スピーカはわずかに傾けて取り付けます。角度は、スピーカの中心から伸ばした線が音の最大到達距離(スピーカ長の7倍)で、スピーカの下端の高さに達する角度です。
*設置面が反響しないことが大切です。
*すでにコラムスピーカを設置している場合も、設置高を調整すると改善が期待できます。

5. マイクについて
*マイクは指向性でスピーチ用を複数(取り替えても使えるように)用意するとよいでしょう。
*マイクとの距離は15〜25cmを目安にします。音量は話者の声の大きさで調整するとよいでしょう。ハッキリと区切って、ゆっくり、マイクの指向線上で(声を拾う角度で)話すようにします。
*初めて朗読する人には、マイクの特徴や取り扱いを説明します。
*祭壇上に置くマイクは、朗読用と異なり、平型で共同司式者の声も拾うタイプのものが望ましいでしょう。ただしこのマイクは説教や朗読のためには用いません。

6. その他
*音楽のためのスピーカ設置は別の基準があります。
*一旦設置・調整した音響設備は、原則として誰も触れないようにします(掃除の際の雑巾がけなどで思わぬトラブルを招くこともあります)。調整したレベルについては印をつけておきます。


【参考資料】 LA SONORISATION DES EGLISES
CNPL:http://cnpl.cef.fr/Sono/Sonorisation.htm
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by nagasakitenrei | 2007-07-22 10:25 | ご参考

共同祈願の作り方

主日のミサの共同祈願のために『聖書と典礼』を利用している教会も多いことでしょう。掲載されている意向は「例文」ですので、各教会で独自に作成することもできます。意向を準備するにあたっての留意点を以下にご紹介します。挑戦してみてください。

【材料】 
当日の典礼のみことば(聖書朗読)。
世界と教会の現状。
共同祈願をささげる共同体の現状。

【作り方】
1. 担当する意向は何番目か確認します。共同祈願は通常、イ、教会の必要のため、ロ、国政にたずさわる人々と全世界の救いのため、 ハ、困難に悩む人々のため、 ニ、その場の共同体のため、という順序でささげられます。ただし、堅信、結婚、葬儀などでは、事情を考慮して意向の順序を決めることができます。
2. 共同祈願をささげる典礼の聖書朗読箇所を読みます。
3. 世界と教会、地元の共同体の現状を見直します。
4. 2と3を合わせて大まかな意向を考えます(その日の聖書の教えと毎日のニュースや出来事から共同祈願が生まれてきます)。
5. できる限り意向を述べる本人の手で文章にしましょう。大人が作ったものを子どもに読ませるよりは、子どもとともに意向を準備する方がよいでしょう。
6. 応唱(会衆の応え)を準備し、会衆全体に知らせておきます。

【注意する点】
1. 誰に向けられた(父なる神さまか、キリストか、聖霊か)祈りなのか意識します。
2. 何かのためではなく、誰かのために祈るようにします。
3. 個人的な祈りやアドバイス、お知らせなどにならないようにします。聴く人みながともに祈ることのできる祈りを目指します。
4. 共同祈願は一同の祈りですから、原稿の朗読にならないようにします。

【その他】
1.典礼に連願が含まれる場合は、原則として共同祈願は行いません。
2.共同祈願は司式者の招きの言葉から結びの祈願に会衆が「アーメン」と同意するまでの全体ですから、意向を述べる代表者が途中で移動したり席にもどったりしたりしないようにします。
3.共同祈願の意向は「朗読台または他のふさわしい場所」で述べることができます。「ふさわしい場所」とは、「意向が会衆に聞こえる場所」と考えればよいでしょう。
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by nagasakitenrei | 2007-07-20 10:25 | ご参考