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典礼暦(教会暦)

一年の暦に、キリストの救いの出来事と殉教者や聖人の記念を刻むものを教会暦といいます。古いものでは4世紀の教皇ミルチアデスの暦といわれるものが断片的に残されています。
1582年に教皇グレゴリオ十三世は、長い間に太陽の運行とずれてしまったユリウス暦を改めました。これがグレゴリオ暦と呼ばれる暦で、現在も一般に西暦として用いられる暦です。暦を調整するために、同年10月4日の翌日は10月15日とされました。現在のローマ・カトリック教会暦(典礼暦年)はこのグレゴリオ暦に基づいています。世界では、同じキリスト教の祝日でも別の日に祝われることがありますが、それはユリウス暦に基づいた教会暦を用いているところもあるからです。
さて、教会が初めから唯一大切にしていたのは、週の初めの日の復活の記念(主日)でした。やがて、おそらくユダヤ教の伝統を受け継いで、年毎の復活祭を祝うようになったと考えられています。これに伴い、聖なる過越の三日間や50日にわたる復活の記念(復活節)が発展しました。復活徹夜祭の洗礼式は3世紀初めの記録にすでに見られます。4世紀頃からは受難の出来事を黙想するために聖週間が設けられるようになり、洗礼志願者や公の償いをしている人とともに復活祭を準備する40日(四旬節)が成立していったようです。
同じ頃に、神が人となったという出来事についての神学的論争や、太陽の勝利を祝う異教の冬至祭から着想を得て、降誕祭が祝われるようになりました。これに復活祭前後の季節に合わせる形で待降節や降誕節が整えられていきました。
また、キリストのために血を流した殉教者の記念は、キリストの受難と復活に与る出来事として当初から大切にされてきました。さらに、5世紀のエフェソ公会議を機会に、神の母である聖母の記念が、特に待降節に盛んになりました。こうして発展しながら、教会暦には殉教者以外の聖人の記念も加えられるようになっていきました。
教会暦は常に発展するものです。第二バチカン公会議は、歴史の中で混雑してきた教会暦を整理し、キリストの救いの出来事の記念を中心軸に、聖母や聖人の記念を適切に配置しました。それが現在用いられている教会暦です。
(『家庭の友』13年8月号より)

by nagasakitenrei | 2018-09-18 17:29 | 典礼と時間