長崎教区典礼委員会 ngstenrei.exblog.jp

奉納行列で運ぶもの

『ローマ・ミサ典礼書の総則』には次のような記述があります。「…キリストが手に取られたもの、すなわちパンと、ぶどう酒と水が供えものの準備として祭壇に運ばれる…」(72番)。「…信者がパンとぶどう酒を奉納することは、ほむべきことである。…今は昔のように、信者が典礼のためのパンとぶどう酒を自分の家から持って来ないとしても、この儀式は霊的な効力と意味を保っている。貧しい人のため、また教会のために信者が持ってくるか、あるいは教会堂内で集めるかした献金または他のささげものも奉納される」(73番)。「…次のものを準備する。…祭器卓に…司式する司祭と助祭と奉仕者と会衆の拝領のためのパン、ぶどう酒と水の入った小びん(ただし、これらすべてが奉納行列で信者によって運ばれない場合)、…」(118番)。「信者が、感謝の祭儀のためのパンとぶどう酒、あるいは、教会の維持と貧しい人々を助けるための他のささげものを奉納することによって参加を表すことが望ましい。信者のささげものは、祭壇奉仕者あるいは他の奉仕者の助けを得て司祭が受け取る。…司式者はパンとぶどう酒を祭壇の上に置くが、他のささげものは別の適当なところに置く」(140番)。
これを読むと、奉納行列の際には「パン」、「ぶどう酒と水」、「教会のための献金やささげもの」、「貧しい人のための献金やささげもの」を運ぶことがわかります。また、「パンとぶどう酒」と「献金」が同じ行列で運ばれることにも気が付きます。ロウソクが先導するのか、花を運んでもいいのか、などについては特に指示はありません。教区によっても小教区によっても、責任者の指示や習慣があると思いますので、「こうすべきである」という必要はありませんし、教皇フランシスコが指摘する「すべきイズム」(『福音の喜び』93~97参照)に気を付けることも大切です。それをわきまえた上で、典礼は見えないものを見えるしるしで表現するということを思い出して、いのちをささげるキリストに結ばれて自分をささげるしるし、教会を支える一員であるしるし、あるいは貧しい人とのわかちあいのしるしとして、奉納行列の際に運ぶものを選ぶことができるでしょう。
(『家庭の友』15年9月号より)

by nagasakitenrei | 2018-09-18 17:33 | エウカリスチア