長崎教区典礼委員会 ngstenrei.exblog.jp

ゆるしの秘跡−「平和があるように。」

「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。」(ヨハネ20:23)

キリストはご自分の血によって人に神さまからのゆるしをもたらしました。
キリストの生涯は神さまと人との和解を実現するものでした。キリストは弟子たちに、この和解のためのはたらきを委ねられます。
教会が、キリストがもたらされたゆるしのしるし、また道具となって、キリストの名によって和解のためにはたらき続けるのはこのためです。

ゆるしの秘跡のかたちそのものは、歴史の中で大きな変化を遂げました。
聖パウロの時代、洗礼以後に重大な罪を犯した信者は共同体から除外される、という厳しい措置が取られていたと考えられています。
初代教会でも、重大な罪を公に犯した者は、公に長い悔い改めの期間を経て、最後にゆるしを受けるというかたちを取っていたようです。

中世になると、特にアイルランドの修道士の影響で、個別の告白によるゆるしの秘跡が行われるようになりました。
長い償いの期間を終えてから、ではなく、告白をするとすぐに罪の赦しが与えられるというのも特徴でした。
以来、現在にいたるまで教会のゆるしの秘跡はこのかたちで行われています。

ゆるしの秘跡には消極的なイメージがあるかもしれません。
しかし、ゆるしの秘跡の中身は「あの晩」の出来事と同じ、復活のキリストとの出会いです。
信じる者に聖霊を与え、和解と平和を与えられるキリストとの出会いなのです。

by nagasakitenrei | 2007-06-19 20:49 | いやしの秘跡