病者の塗油

病気や苦しみは必ずしも人生の一部ではないはずなのに、実際は人生の一部となっています。そして人はこれを受け入れるほかはない、ということに悲しみを覚えることもしばしばです。それは、人は必ず死ぬということを密かに、しかし確かに教えているからです。
今日では、臨終を迎えようとする人は病院で孤独のうちにその時を迎えるか、家族だけに付き添われることが多くなっているようです。しかし、キリスト者にとって、人の死に際して死に行く者のそばに集まり、最期まで神さまへの信頼を失わないように祈り、魂が神さまのもとに帰るのを見送るのは大切な愛の務めでした。
秘跡の歴史の中で、「終油」と呼ばれるようになった塗油の式は、最期を迎えるその時の秘跡と考えられ、できるだけ後に延ばす習慣が生まれました。司祭があたかも「死の使い」のように受け止められていた時代もあったほどです。
第二バチカン公会議は、この秘跡を本来の姿である「病者の塗油」に改め、死を迎える人だけでなく、すべての病人のための秘跡、人の苦しみに心を動かされて癒し続けるイエスの姿のしるしに戻しました。油を塗って病人を癒すのは、イエスから派遣された弟子たちの務めです(マルコ6:13)。また病人を見舞うことはイエスご自身を見舞うことでもあります(マタイ25:36)。
「病者の塗油」は不治の病を癒す奇跡の薬ではありません。けれどもこの秘跡は病人に力を与え、本人の苦しみをキリストの受難に結んで人間の救いに協力するものとし、捧げられた苦しみを神の民である教会の力にします。
目に見える使徒職を果たすすべての人の傍には、見えない使徒職を果たす人、病気を捧げて支える人がいるのです。
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by nagasakitenrei | 2007-07-06 21:41 | 典礼と秘跡