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十字架の道行き

キリスト者は古くから主イエスの受難の道のりを辿り、十字架を礼拝してきました。また聖週間をエルサレムで過ごすことはキリスト者の強い憧れでした。4世紀、スペインの修道女エゲリアは聖地に巡礼し、当時のエルサレムの典礼を書き残しています。(「エゲリア巡礼記」)

十字軍の時代になると、聖地からヨーロッパに帰った人々は、エルサレムの記憶を残すために、また現地に行くことのできない多くのキリスト者のために、イエスの受難を思い出させる十字架や絵を飾るようになりました。

エルサレム巡礼者の信心業であるVia Dolorosa(悲しみの道)。ピラトの総督官邸跡からカルワリオまで歩きながらイエスの出来事を黙想する信心が、信者の日常生活の場に持ち込まれ、各地の聖堂の中や屋外に「十字架の道行き」が設けられることになります。

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(エルサレム旧市街のVia Dolorosa。「第四留 イエス、聖母に会う」)


道行きで黙想する「留」Statioの数は、時代と場所によって5〜30と様々だったようですが、18世紀に教皇クレメンス12世とベネディクト14世が現在の14留の形を定めます。14留の内容は聖書の記述と古い伝承から取られたものでした。近年はマリアとともに復活の希望を黙想する第15留を加えた形も広まっています。
by nagasakitenrei | 2008-02-20 14:53 | ご参考