長崎教区典礼委員会 ngstenrei.exblog.jp

カテゴリ:典礼と空間( 7 )

祭壇布

2015年6月15日発行の『新しい「ローマ・ミサ典礼書の総則」に基づく変更箇所』(日本カトリック司教協議会)には、「祭壇を覆う祭壇布は白色を用います」(11頁)と記されています。これは「ローマ・ミサ典礼書の総則」の「祭壇は少なくとも一枚の白い色の祭壇布で覆われる」(117番)、「主の記念祭儀に対する尊敬、ならびに、主の御からだと御血が授けられるうたげに対する尊敬を表すために、ミサが執り行われる祭壇上には少なくとも一枚の白い色の祭壇布を敷く。その形、大きさ、および装飾に関しては、祭壇そのものの構造に調和させる」(304番)という指示に基づいています。したがって、ミサの祭壇布は白色と定められていることになります。材質については指示がなく、ミサが行われていない祭壇についての定めも特にありません。
第二バチカン公会議による典礼刷新の前には、祭壇布は亜麻布を用いるとされていました。これは、アリマタヤのヨセフが息を引き取ったイエスの体を十字架から降ろして包んだ亜麻布(ルカ23・53参照)を想起させるものだったようです。枚数は時代によって一定しなかったものの、通常3枚で、一番上のものは端が床まで垂れる長さがあり、前面をレースや刺繍で装飾するのが一般的でした。黙示録に登場する「人の子のような方」が着ていた「足まで届く衣」(黙示録1・13参照)を表すという説明もみられました。
昔も今も、教会は祭壇がキリストご自身を表すシンボルであると理解しています。典礼暦年の中で祭壇布を意識するのは聖なる過越の三日間でしょう。主の晩餐のミサの結びに聖体が安置所に運ばれた後、祭壇布が取り除かれ、祭壇は裸にされます。キリストの受難を象徴するしるしです。主の受難の祭儀では聖体拝領を行う交わりの儀の際に一時的に祭壇布が敷かれますが、その後ふたたび祭壇は裸にされ、復活徹夜祭を準備する直前まで祭壇布も除かれたままです。このように考えると、祭壇布は復活のキリストのからだの現存を示すしるしといえるかもしれません。祭壇布というしるしを通して、ミサのたびにわたしたちの目の前で現実になっているキリストの救いのわざに触れていただけるよう努めたいものです。
(『家庭の友』16年9月号より)

by nagasakitenrei | 2018-09-18 17:38 | 典礼と空間

生け花による典礼表現

聖ヨハネ・パウロ2世教皇は、典礼憲章発布25周年の記念文書の中で「ほとんど全ての被造物は、典礼の中で創造主へのささげものとしての地位をもっており、祭儀の尊厳と美しさに貢献する」と教え、パン・ぶどう酒・香などとともに花を挙げています 。「生け花による典礼表現」は、花を通しての典礼奉仕を目指したもので、「祭儀の尊厳と美しさ」によりよく貢献するための試みです。
今から25年ほど前、日本の生け花がヨーロッパのキリスト教典礼と結ばれて「典礼と生け花」という運動が始まりました。色・形・数などに配慮し、聖書を黙想して祈りへ導く花を生けるこの運動は日本にも紹介され、勉強会も開かれています 。聖書の朗読と黙想からテーマを探し、形にします。
f0136327_1122313.jpg典礼奉仕としてどのように花を生ければよいのか、細かい規定はありません。ミサの総則では、祭壇に花を飾る節度と時期に触れているだけです(※1) 。典礼は、キリストの体である教会が神を称え、人間を神に近づける業です。ですから、典礼暦に配慮し聖書を黙想して、花そのものの持つ神を称える力、見る者を創造主に向かわせる力に信頼して生ける、と考えればよいのです。これが「生け花による典礼表現」です 。華道の伝統を持つ日本は大きな可能性を持っているといえるでしょう。
 どの花をどう生けるかが、他の花や器との関係で決まってくるように、典礼空間全体の中に生け花がどう位置づけられるか、祭壇・聖櫃・朗読台・復活のろうそく・聖母像など、花をささげる対象・場所・背景・高さ・色への配慮も大切になります。

(写真:ジャンヌ・エマール『花と典礼』より「結婚式」。二つの花器による作品)


(※1)「祭壇の装飾に関しては節度を守らねばならない。待降節には、この季節の特徴にふさわしい節度をもって、祭壇を花で飾ることができる。ただし、主の誕生の満ちあふれる喜びを先取りしないようにする。四旬節には、祭壇を花で飾ることは禁じられる。ただし、四旬節第4主日(レターレの主日)と祭日と祝日は例外である。花による装飾は常に節度を守らねばならない。そして、祭壇の上面に置くよりも、むしろ祭壇の周りに置くようにする。」ローマ・ミサ典礼書の総則(第3版・暫定訳)305番。なお、「日本の適応として、四旬節の特徴をふまえて控えめに祭壇を花で飾ることができます」(日本カトリック司教協議会「新しい『ローマ・ミサ典礼書の総則』に基づく変更箇所」2015年)。
by nagasakitenrei | 2007-08-25 11:17 | 典礼と空間

聖堂の拡声装置について

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教会の典礼は、みことばと秘跡のしるしから成り立っています。みことばを伝える行為は典礼に不可欠の要素です。ですから、みことばが伝わるように配慮するのは典礼に携わるすべての者の責任でもあります。
イエスは、しばしば湖に浮かぶ船の上から群集に話しかけました。その声はすり鉢の底のような地形に助けられて多くの人の耳に力強く届いたと考えられます。
初代教会から今日に至るまで、典礼の舞台となる建物には、会衆の耳にみことばがはっきりと届くようにさまざまの工夫がなされてきました(写真:テサロニケ市内ギリシア正教会聖堂の朗読台)。今日、拡声装置は同じ理由で典礼に不可欠のものです。

これに関するCNPL(フランス典礼司牧センター)の記事をご紹介しましょう。

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拡声装置に求められるのは「明瞭さ」です。メッセージは聴衆に届き、理解されなければなりません。この障害となるのが「反響」で、ほとんどすべての聖堂でみられるものです。

1.拡声装置の設置
拡声装置にはさまざまの形がありますが、言葉を確実に伝えるためには、コラムスピーカ(柱状のもの)が適しています。業者の中には、コラムスピーカを取り扱わないところもありますが、それは、このスピーカの設置が細かい技術を要し、また、あまり良く知られていないこともあって軽視されているからです。そのため、典礼の目的に合わない「最新式」スピーカが取り付けられるということもありえます。しかし、最新式の設備が必ずしも典礼のために最良のものであるとは限りません。

2. コラムスピーカの指向性
物理学者のオルソン氏によれば、縦型のコラムスピーカの基本的特徴は以下のようになります。

*音の広がりの上下はスピーカの高さ(長さ)に等しい。
*聴衆への指向性が非常に優れ、反響が大変少ない。
*スピーカからの距離に関係なく聴衆に聞き取りやすい。

音の広がりをピザのような形でイメージしてみると、
*スピーカの高さ(長さ)は1m〜1.5m (ピザの厚さ)
*音の広がりの左右の角度は60度〜100度 (ピザの大きさ・切った角度)

*聴衆にとってスピーカの設置高は、スピーカの下端が床から1m〜1.3mが最良。
*音の到達範囲はスピーカの高さ(長さ)の7倍。(例:1mのスピーカなら7m。)

3. 反響
反響すると聞き取りにくくなるのは、音の到達時間がばらばらだからです。そこで、床から3mの高さに複数設置された無指向性スピーカと1m〜1.3mに設置された一本のコラムスピーカ(指向性)では、聴衆の耳に届く音波の数だけを見ても後者のほうが聞きやすいことがわかります。

4. コラムスピーカの設置法
*聴衆に向けて設置します。音の到達距離は上述のように、スピーカの高さ(長さ)の7倍、到達範囲は60度〜100度になります。
*スピーカと聴衆の間が近い場合は、設置高を1m〜1.2m(スピーカの下端の床からの高さ)にします。
*スピーカはわずかに傾けて取り付けます。角度は、スピーカの中心から伸ばした線が音の最大到達距離(スピーカ長の7倍)で、スピーカの下端の高さに達する角度です。
*設置面が反響しないことが大切です。
*すでにコラムスピーカを設置している場合も、設置高を調整すると改善が期待できます。

5. マイクについて
*マイクは指向性でスピーチ用を複数(取り替えても使えるように)用意するとよいでしょう。
*マイクとの距離は15〜25cmを目安にします。音量は話者の声の大きさで調整するとよいでしょう。ハッキリと区切って、ゆっくり、マイクの指向線上で(声を拾う角度で)話すようにします。
*初めて朗読する人には、マイクの特徴や取り扱いを説明します。
*祭壇上に置くマイクは、朗読用と異なり、平型で共同司式者の声も拾うタイプのものが望ましいでしょう。ただしこのマイクは説教や朗読のためには用いません。

6. その他
*音楽のためのスピーカ設置は別の基準があります。
*一旦設置・調整した音響設備は、原則として誰も触れないようにします(掃除の際の雑巾がけなどで思わぬトラブルを招くこともあります)。調整したレベルについては印をつけておきます。


【参考資料】 LA SONORISATION DES EGLISES
CNPL:http://cnpl.cef.fr/Sono/Sonorisation.htm
by nagasakitenrei | 2007-07-22 10:25 | 典礼と空間

聖堂、神の家

聖堂はミサの場、聖体の安置される場、信者が集まる場、キリストが現存される場です。聖堂はそのためにふさわしい美しさと機能を備えている必要があります。ロマネスク式、ゴシック式などと呼ばれるのは建築様式ですから、聖堂がふさわしい場として整えられているかどうかは典礼との関係で判断されることになります。

f0136327_11144529.jpg朗読台はみことばの食卓と呼ばれ、聖書のことばにキリストが現存される場です。また聖体の食卓と呼ばれる祭壇は、キリストご自身のシンボルで聖堂の中心です。それは、キリストが十字架という祭壇でご自身をささげものとしてささげる祭司だからです。朗読台と祭壇はキリストの唯一の食卓で供されるみことばと聖体を表現しています。
また聖堂には聖櫃も置かれています。聖櫃は聖堂内のもっともふさわしい場所に、敬意をもって設けなければなりません。慎ましいパンの姿で、キリストは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という約束を果たしておられます。象徴的にでも精神的にでもなく、現実に、聖堂は神さまの家なのです。
by nagasakitenrei | 2007-05-03 11:15 | 典礼と空間

典礼美術

「あなたはいかなる像もつくってはならない。」(出エジプト記20:4)。
2世紀ごろのものと思われるキリスト教徒の墓には、旧約聖書や福音書の物語を主題にした装飾を見ることができますが、聖画像という典礼美術が認められるかどうか、教会の歴史の中でくりかえし議論がありました。カトリック教会は、キリストの受肉、すなわち見えない神さまが見える姿となられた出来事を根拠に、キリストの姿を描き表すことができると教えています。聖書が人の言葉で伝えられた「神のことば」であるように、聖画像は人の目に映る姿で表された「神の姿」である、という考え方です。
どんな聖画像も、キリストや聖母・諸聖人を完全に描くことはできません。それでも聖画像は典礼美術としてキリストや聖母・諸聖人を思い出させ、人の心にその現存を刻みつけます。祈る人は、作品ではなく、十字架のキリストに、幼子を抱く聖母に祈っているのです。
by nagasakitenrei | 2007-04-27 09:47 | 典礼と空間

典礼音楽

聖書を信じる人々が伝えてきた「詩編」は、祈りの模範と言われます。また「詩編」は、祈りのことばが歌われてきたことを証ししています。

「よく歌うものは二倍祈る」と古くからの格言にあるように、典礼の場には音楽がいつもあるのです。

典礼音楽が音楽による祈りである以上、全会衆が歌う聖歌や賛歌が大切であることは言うまでもありません。
同時に、祈願文や奉献文など、代表がささげる祈りを聴きながら、会衆がそれを自分の祈りにする祈り方があるように、典礼音楽においても代表が歌う聖歌を聴いて、自分の祈りにする祈り方があると言えます。聖歌隊や演奏家と会衆が、それぞれに任された歌う祈りをささげることで典礼音楽は常に行動的な典礼参加の場となるのです。
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カトリック教会は歴史が磨きあげてきたグレゴリオ聖歌という典礼音楽を持っています。
新しい時代に生まれる沢山の作品についても、典礼音楽であれば、その役割や精神はグレゴリオ聖歌が持っていたものと調和します。
作品の持つ典礼の精神こそが典礼音楽であるかどうかを見分ける鍵であると言えるでしょう。

by nagasakitenrei | 2007-04-26 19:42 | 典礼と空間

聖堂の花

聖週間に限らず、四旬節は第4主日と祭日を除いて、祭壇を花で飾ることは控えるとされています。マリア様など聖人のご像は祭壇を飾らない時には飾らない方がよいと思います。聖櫃は聖木曜日の仮安置の場合も飾りますので、四旬節も相応しく飾ることができるでしょう。日本カトリック司教協議会は2015年に日本の適応として四旬節中も節度を守って祭壇を花で飾ることができるとしました。
by nagasakitenrei | 2007-03-31 09:51 | 典礼と空間