長崎教区典礼委員会 ngstenrei.exblog.jp

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慰めの聖母

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パリ/聖イグナチオ教会の「聖母の訪問」。お腹の大きいエリサベト(左)とマリア。
by nagasakitenrei | 2007-05-31 10:45 | 画像

べレムの塔の聖母子像

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ポルトガル/リスボンの港の聖母子像。港を行く船とその旅路を見守るように佇む。
by nagasakitenrei | 2007-05-30 14:52 | 画像

復活節から年間へ

f0136327_10571978.jpg教会の典礼暦は聖霊降臨の祭日をもって復活節が終わり、年間に入ります。祭壇では復活節のシンボルであった復活のロウソクが姿を消し、白の祭服も緑に変わります。アレルヤの祈りがお告げの祈りに、また教会の祈り(時課の典礼)の結びの聖母賛歌もレジナ・チェリ(天の元后)からサルヴェ・レジナ(元后あわれみの母)に変わります。
一見、復活のキリストの姿を見失ったような印象がありますが、年間は聖霊を受けたキリスト者がキリストの姿となってはたらき続けるあたらしい季節とも言えます。

写真:ポルトガル/リスボンの港に建つ航海の碑。旅立つ宣教師の姿も刻まれている。
by nagasakitenrei | 2007-05-27 10:17 | 典礼と時間

ミサの犠牲

ミサは犠牲(いけにえ)と言われます。
そこには三つの意味が込められています。

一つは、キリストの受難と死は、十字架を祭壇とする犠牲であったということ。
これは最後の晩餐の席でいわば予告として宣言され、パンとぶどう酒によって示されました。

次に、エウカリスチアはキリストの犠牲を常に続けるものであるということ。
そして、この継続は「記念」という仕方で行われることです。

キリストの犠牲は一度だけのものでした。一度で、誰も例外とされることのない、すべての人のために献げられたものでした。
(ミサの中では、「多くの人のために」という言葉が使われていますが、これは「すべての人」を意味しています)

ミサでは、キリストの一度だけの犠牲が記念されています。記念とは繰り返しではなく、今の出来事になるという意味です。
時間を超えた方である神さまにとって、キリストの十字架と、21世紀のミサは同じ時の出来事なのです。

今日も、キリストは献げものを献げる祭司として、また献げられる犠牲として、人には罪からの解放を、神さまには栄光をもたらし続けています。
これが今日のミサの出来事です。

by nagasakitenrei | 2007-05-27 10:08 | エウカリスチア

エウカリスチアの内容

聖パウロの時代の「パンを裂く」式、あるいは迫害下のカタコンベの「主の晩餐」がどのように行われていたのか、正確に知ることはできません。

現在の東方典礼と西方典礼を見ても、エウカリスチアが時代と場所で様々な表現をとったことは容易に想像できます。
それでもエウカリスチアには初めから今にいたるまで変わらない基本的な構造があることも事実です。

2世紀の著者であるユスチノは、
  • キリスト信者が日曜日に集まること
  • 聖書が朗読されること
  • 司式者が勧めの言葉(現在の説教にあたる)を述べること
  • さまざまな意向で祈り(同じく共同祈願にあたる)が捧げられること
  • 必要のために献金が集められること
  • 司式者が代表して感謝の祈り(現在の奉献文)をささげること
  • 主の晩餐に与ること(聖体拝領)
などと、エウカリスチアの内容を記録しています。

どのように表現が変化するとしても、聖書の言葉とキリストの体と血であるパンとぶどう酒をもって、すべての人の救いをもたらすキリストの過越を記念すること、それがどの時代にも続けられてきたエウカリスチアなのです。

by nagasakitenrei | 2007-05-26 11:50 | エウカリスチア

聖母画

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ギリシア/パトモス島の修道院にある聖母の壁画。
パトモス島は聖ヨハネが黙示録を記した場所とされ、幻を見たという洞窟が残る。
by nagasakitenrei | 2007-05-25 14:28 | 画像
イエスの最後の晩餐がいつ、どのように行われたのか、聖書の記述だけからすべてを知ることはできません。
しかし、教会は歴史のはじめからエウカリスチアを大切にしてきました。

「主の晩餐」、「パンを裂くこと」、「エウカリスチア」、「ミサ聖祭」など、さまざまな名前で呼ばれるこの祭儀は、「これをわたしの記念として行いなさい」というイエスの命令に忠実でありたい教会の行為です。
おそらくイエス自身は、ユダヤ教の過越祭の伝統にしたがって最後の晩餐を執り行ったと思われます。
宗教的な食事の作法に従ってパンを祝福し、食事が終わると杯を祝福したことでしょう。

弟子たちの記憶によれば、その時、イエスは新しい言葉を告げられました。
それが「これはわたしの体」、「これはわたしの血の杯」、「これをわたしの記念として行いなさい」というものでした。

過越の食事はエジプトからの脱出の記念でした。
その記念の中でイエスは新しい過越、すなわち、ご自分の死と復活をいわば予告されます。
それは、人を罪から解放する新しい過越の予告でした。イエスの最後の晩餐そのものが、新しい過越を記念していたと言うことになります。

こうして最後の晩餐は教会のエウカリスチアとなり、教会は今もキリストの死と復活がもたらした「あがない」を記念し続けるのです。

by nagasakitenrei | 2007-05-25 10:13 | エウカリスチア

秘跡の中の秘跡

教会の七つの秘跡はそれぞれ固有の恵みをもたらします。
また、全体で一つの神秘、すなわちキリストの過越の神秘を体験させるとも言えます。
秘跡はしるしを通して神秘を表現するものですから、いずれの秘跡にも信仰が求められます。
ミサの中で唱える「信仰の神秘」とは、信仰が秘跡のしるしによって神秘に触れさせることに感嘆する言葉です。

ところで、聖体(エウカリスチア)は秘跡の中の秘跡と呼ばれます。
それはエウカリスチアが「キリスト教生活の泉であり頂点」であるからです。
エウカリスチアには、キリスト教生活がもつ、「神さまから人間へ」と「人間から神さまへ」の二つの動きが含まれています。

エウカリスチアはまず神さまの賜物です。それもご自分の子であるイエス・キリスト自身という賜物です。
キリストはご自分を「天からのパン」と宣言なさいました。キリストがすべての恵みの源であるからです。
エウカリスチアの祭儀(ミサ)で、神さまは人に会いに来られ、語り、いけにえによってゆるしを与え、いのちのパンで養い、そしてご自分のことを告げ知らせるように派遣されます。f0136327_1415597.jpgまた、エウカリスチアは人が神に応えるすべてのわざの源、また頂点でもあります。
エウカリスチアはキリストが父なる神さまにささげる完全な祈りだからです。
エウカリスチアのいけにえは、キリストがご自分をささげる完全なささげものであり、これに合わせて人も自分自身をささげものとすることができるようになります。実にエウカリスチアは神さまと人を一つに結ぶ秘跡なのです。

by nagasakitenrei | 2007-05-24 14:15 | 典礼と秘跡

華の聖母

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イスラエル/ナザレにあるお告げ記念聖堂内「華の聖母」
長谷川路可の作品。沢山の真珠がはめ込まれている。
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同じくお告げ記念聖堂にて、タイ王国の聖母子画。
by nagasakitenrei | 2007-05-20 09:03 | 画像

堅信の恵み

伝統的に堅信は聖霊の七つの賜物を与えると教えられてきました。
もちろん、キリスト教の洗礼は聖霊による洗礼ですから、洗礼を受けた者はすでに聖霊を受けていますが、堅信が聖霊の賜物に注目するのは、聖霊を受けた者のはたらきに期待するからとも言えます。

洗礼の時に受ける聖霊と堅信の時に受ける聖霊は、復活の日に弟子たちの真ん中に立ったキリストが「聖霊を受けなさい」と弟子たちに息を吹きかけられた出来事(ヨハネ20:22)と、聖霊降臨の日に語りはじめた使徒たちの出来事(使徒言行録2)に例えられることもあります。
堅信の恵みは、使徒としてイエスを救い主と証言することに特徴があるからです。

使徒としての証言は言葉だけではなく、神さまを知る者としての判断や奮発心、忍耐という形でも実現されます。
見えない賜物の見えるしるしとなるのは、堅信を受けたその人なのです。

by nagasakitenrei | 2007-05-17 21:50 | 入信の秘跡