長崎教区典礼委員会 ngstenrei.exblog.jp

十字架の道行き

キリスト者は古くから主イエスの受難の道のりを辿り、十字架を礼拝してきました。また聖週間をエルサレムで過ごすことはキリスト者の強い憧れでした。4世紀、スペインの修道女エゲリアは聖地に巡礼し、当時のエルサレムの典礼を書き残しています。(「エゲリア巡礼記」)

十字軍の時代になると、聖地からヨーロッパに帰った人々は、エルサレムの記憶を残すために、また現地に行くことのできない多くのキリスト者のために、イエスの受難を思い出させる十字架や絵を飾るようになりました。

エルサレム巡礼者の信心業であるVia Dolorosa(悲しみの道)。ピラトの総督官邸跡からカルワリオまで歩きながらイエスの出来事を黙想する信心が、信者の日常生活の場に持ち込まれ、各地の聖堂の中や屋外に「十字架の道行き」が設けられることになります。

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(エルサレム旧市街のVia Dolorosa。「第四留 イエス、聖母に会う」)


道行きで黙想する「留」Statioの数は、時代と場所によって5〜30と様々だったようですが、18世紀に教皇クレメンス12世とベネディクト14世が現在の14留の形を定めます。14留の内容は聖書の記述と古い伝承から取られたものでした。近年はマリアとともに復活の希望を黙想する第15留を加えた形も広まっています。
# by nagasakitenrei | 2008-02-20 14:53 | ご参考

恐れることはない

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イスラエル/タボル山頂 「主の変容記念聖堂」


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「わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。」
「これはわたしの愛する子、私の心に適う者。これに聞け。」(マタイ17・4-5)
# by nagasakitenrei | 2008-02-14 10:48 | 画像

神の子なら

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ボッチチェリ作「キリストの三つの誘惑」(部分)
 バチカン/システィナ礼拝堂


「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」
「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」(マタイ4・3ー4)
# by nagasakitenrei | 2008-02-13 21:36 | 画像

ゲッセマネのイエス

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「わたしの願いではなく、御心のままに。」(ルカ22・42)

(エルサレム/ゲッセマネの園のレリーフ)
# by nagasakitenrei | 2008-02-11 22:56 | 画像
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喜びの神秘、第四の黙想 「主の奉献」(ルルド/聖ピオ10世記念聖堂)

モーセの律法は男児出産後40日を産婦の「清めの期間」と定めている(レビ記12:2−4)。
イエスの両親がこの規定を守ったという新約聖書の記事(ルカ2:22)にちなみ、
典礼暦は降誕祭から40日にあたるこの日、「主の奉献」を祝う。
なお、シメオンの賛歌に「諸国民を照らす光」と歌われることから、
家庭祭壇などで用いるロウソクをこの日に祝福する習慣がある。
# by nagasakitenrei | 2008-01-29 17:45 | 画像